ebook land 自力・自費出版サイト





お問い合わせ






ダウンロード
タイトル 匂へど散らず(ニオエド チラズ)
著者 永盛 五月(ナガモリ サツキ)
ジャンル 明治維新時代劇
キーワード 産婆 観音寺 戊辰戦争 会津藩 西郷隆盛 世良修蔵 板垣退助 佐川官兵衛 オランダ伴天連 示現流 銀座
ページ数 276
出版社 eブックランド社
予価(税込み) 0円
消費税 0円
ブックID EBLK12020500
フォーマット PDF
著者プロフィール
1940年生まれ、4歳のとき福島県郡山市で敗戦になった。進駐軍が田舎町にも氾濫した。町を歩く女性を見れば娼婦扱いにして声をかける。大人になったらアメリカに復讐すると決心した。どこの家にも勲章を一杯つけた天皇皇后の写真が、額に入れて飾ってあった。天皇が行幸列車で通過したとき、老婆たちは沿線にゴザを敷いて正座してひれ伏した。なぜかときいたら「神様の顔を見てはバチが当たる」と言った。
小学生になってこの額を見るたびに「日本の王が、戦争に負けたのになぜ切腹しないのか」と子供心にも不思議に思った。1年生のとき、戦後3代目の片山哲首相が、国民と直接討論する「街頭録音」を日曜日ごとに放送し、父と一緒にラジオにかじりつくようにして聴いた。そのうちになぜ、国民が望むような政策に進まないのかと疑問になった。まるでアメリカのいいなりである。形だけの国会であるのが子供にも分った。
近代以降の最大の虚偽は、明治維新で明治天皇が徳川慶喜の「大政奉還」を直接受けておきながら、同じ日の夕方に「倒幕の密勅」を大久保利通,木戸孝允、西郷隆盛らに出したという事実。時に明治天皇15歳にそんな知恵はもちろん持っていない。天皇と国民だましである。外国の領事館たちがその行為をジッと見ていた。
そのだましは鳥羽伏見の戦いの「菊の御紋の錦の御旗(みはた)」となって現れる。戊辰の戦いでは錦の御旗を掲げて官軍が行軍する。「日本外史」を地で行く。会津藩の百姓町人を相手に強盗、強姦、殺人、放火のやり放題。この時点から新官僚たちは、天皇を崇め奉って責任を押し付け、「勝てば官軍」方式で非道の限りを日常化した。東北諸藩は負けたために、士族は何も語らずにひたすら我慢した。現在でも会津が山口県と握手しない原因はこれである。
時代が進み、主導権は薩長官僚から軍部官僚に移り、昭和20年の敗戦に行きつく。この官僚支配が平成でも続く。国民のためにという政策はどこにもない。
筆者が少年の頃は、教師からも薩長の暴力を多く聞いた。歴史の雑誌などにも書かれていた。ところが、戦前の満州で軍に協力した官僚・岸信介が復活した。国会も国民が望むことに反するように進められる。日本は官僚に牛耳られ、税金は省庁官僚の利益のために使われる。良質な官僚もいるが、自浄が出来ない組織になってしまったので、外に出るしかない。それが今回の東北大震災の原発再稼動で明らかになった。「国民のために働く官僚を選ばなければ」日本は早晩のっとられるであろう。144年前の過ちは現在も続く。
要約
明治2年みちのく郡山(こおりやま)宿(じゅく)成山(なりやま)に「巫女(みこ)産婆(さんば)」といわれる観音寺の娘が居て、名をウネといった。父の住職に舞い、学問、剣術、国内情勢を学び、母が産婆術と歌を教授した。
ウネは会津から下働きに来ている後家のキサに、官軍兵が会津で百姓町民に暴力非道の限りをしたことを聞く。さっそくウネは、犯されて女郎に売られていく娘の取り返しに動く。力持ちのキサが同行する。
最初は郡山宿の安積国造神社で人身売買業の女衒、やくざ8人との斬りあいになるが、オランダ伴天連と会津芸者とのハーフの浪人・花園右近が仲裁に入り、闘うことなく小判1枚で娘二人を取り戻す。これが発端となって鉄砲を持った奥羽鎮撫使軍の追っ手6人と闘うことになる。西軍の剣士は薩摩示現流と長州藩士と鉄砲手の総勢6人。
ウネ一家と追っ手の笹原橋の決闘で、ハーフの右近が突然加勢に現れ、仕込み槍と圧倒的な武術で討ち果たす。その夜、泊まることになったハーフの、淡々とした振る舞いや異国の情報にウネは心がしびれてしまう。それを察した祖父(先代住職)の取り持ちでウネと花園右近はその夜、寺で結婚式を挙げる。そして話は意外な方向に進む。ハーフ花園右近とウネの父陽海とが相談の結果、西軍の非道を止めさせるには、侍大将格の西郷隆盛と談判すべきであるとの結論に達する。初夜の契りは無い。翌日に更なる追っ手6人を郡山宿で成敗し、ふたりは江戸へ向う。
舞台は明治初期の江戸、銀座へと移る。そして薩摩に帰る寸前の西郷吉之助に会う。西郷はウネに詫びるが、悪を犯した官軍兵を罰するとは言わない。
ウネは右近の紹介で、西洋医学の勉強に入り女子塾も開く。右近は異人に日本語を教え、嘱託新聞記者となる。取材と称して毎晩遅い。どこで取材なのかをウネにも明かさない。二人は西郷の悪兵処罰を待っていたが、木戸孝允は病死、西郷は西南戦争で自決、大久保利通は暗殺された。岩倉具視だけが生き続けているが、暗殺を怖れて外出しない。
時移り、ウネは女学校と西洋式の病院を持った。大正の末に右近が亡くなる。彼の机に和綴じの1冊の帳面が残された。そこには…49人の男の名が書かれていた…。

 

 

2004 e-Bookland,Inc. All right reserved. サイトポリシー このサイトについて