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世界遺産潜伏キリシタン 特設ページ
ピタウ先生と巡る五島列島ルポ
第2回 
枝川葉子(ピタウ先生を語る会代表)

キリシタン洞窟を訪ねて

 ピタウ先生とご一緒の五島列島巡礼ツアーが始まったその日のうちに、禁教令を逃れた信者たちの祈りの場を訪れて信心の奥深さを体感することになりました。
 午後も遅く、五輪港からボートでキリシタン洞窟に向いました。
 遠くから眺めてもキリシタン洞窟の岩場に大きな波飛沫が上がるのが見えます。はたして船を岩場に横付けして洞窟を見学できるかどうか。
 洞窟近くの岩場にうまく船を着けることはできたのですが、波に揺れて岩場に乗り移るのが一苦労です。

キリシタン洞窟入口
「キリシタン洞窟入口」

 最初に強者数名が岩場に飛び移り、腕をとりサポートして他のメンバーと三輪先生ご夫妻、ピタウ先生までも岩場へ移ることができました。
 しかし平らなところは全くない大きな岩、岩、岩です。三輪先生ご夫妻とピタウ先生はその場に留まってお休みいただき、いざ洞窟へ。洞窟へ入るまでは、まるで探検の気分です。
 ガイドさんの話によると、キリシタンたちは陸伝いでは行けない、このような島の突端の洞窟へ追い詰められ、潜んで生活していたということです。
 洞窟に入ると、ひんやりして外とは空気が違っています。
 大きな天井岩の見上げる位置に楕円形に削ったところがあり、その中に誰かが浮き彫りにされています。

キリシタン洞窟の上部に円形の頭部が彫られていたのはマリアさまか。
キリシタン洞窟の上部に円形の頭部が彫られていたのはマリアさまか。

 そしたら誰ともなく天使祝詞を唱え始めたのです。しかも古い天使祝詞でした。
「めでたし、聖寵みちみてるマリア、主は御身と共にまします。御身は女のうちにて祝せられ、ご胎内の御子イエズスも祝せられたもう。天主の御母聖マリア、罪人なる我らの為に、今も臨終のときも祈りたまえ。アーメン。」
 天使祝詞を唱えながら涙が溢れました。
 この洞窟で密かに生活を始めたキリシタン達でしたが、船で巡回して見張っていた役人に、朝餉の支度で岩の間から煙が立ち上るのを発見されて捕らわれたと聞きました。胸が痛む悲しい話しでした。

巡礼初日の教会

 巡礼初日のこの日は、堂崎教会、水の浦教会でのミサの後に、楠原教会へまいりました。
この教会は、信徒達の労働奉仕によって赤レンガを積み上げて建てられた教会です。レンガ一つ一つに込められた信徒たちの労苦の汗と喜びが感じられました。
 お昼は「遣唐使ふるさと館」にていただきました。

 そして午後は、まず井持浦教会です。

井持浦教会
「井持浦教会」

  この教会は日本で最初のルルドの泉として有名で、ルルド出現の聖母に捧げられています。入り江を見下ろす小高い丘の上に建てられていて、腕を広げた白いキリスト像が「いらっしゃい」と私達を迎えてくれました。五島の信徒たちが島のあちこちからゴツゴツした岩を持ち寄ってフランス西部のルルドの洞窟に似せて作りました。

「井持教会ルルド」
「井持教会ルルド」

 聖母像は現地から取り寄せて据えたもので、ルルドの水を求めて巡礼者が全国から来るそうです。私達もまずは喉を潤し、それぞれ水筒やペットボトルにルルドの水をいただいて持ち帰りました。
 私達を乗せたバスは山道を登って大瀬崎断崖園地に到着しました。
 天気予報では台風が近づいているそうですが、見渡すかぎり真っ青な空と海に突き出た大瀬崎灯台の美しい姿がくっきり見えます。大瀬崎に立つ灯台がまるで海を守るキリスト像にも見えました。海からの風が気持ちよく、お天気に恵まれていることにも感謝感激でした。ここからは福江港に向けてひたすら下っていきます。

 福江港からはチャーターしたモーターボートに乗り移りました。静かな港から五輪港を目指します。海上は波穏やかでトビウオになった気分で五輪港に到着しました。旧五輪教会は補修の為、聖堂に入ることができませんでしたが、入口から見学いたしました。

旧五輪教会
「旧五輪教会」

 外観は海辺の民家にしか見えなかったのですが、中は素朴な作りながら見事な聖堂で信徒たちが大切に大切に守ってきた祈りの神聖な場所であることがそのたたずまいから感じられます。

 五輪港からボートで向かったのが冒頭の、キリシタン洞窟でした。
 再び揺れているモーターボートに一人ずつ乗り移り、今度は上五島の郷の首港へ向かいます。
 上五島町に到着し、巡礼一日目が無事に終わりました。感謝。
 長崎・天草の潜伏キリシタン関連遺産が世界文化遺産に登録される9年前、ピタウ先生がお元気だったころの旅が昨日のように鮮やかに蘇ります。

 

ピタウ先生と巡る五島列島ルポ
第1回 
枝川葉子(ピタウ先生を語る会代表)

先人の苦しみ、殉教の上に、私達の信仰があることを考えよう

 2009年7月21日から3泊4日で五島列島の教会群を巡礼しました。世界文化遺産に登録される9年前、上智大学のピタウ先生のお誘いで実現した忘れられない旅でした。

 長崎に着いた初日は、浦上天主堂で長崎巡礼の機会に恵まれたことを感謝し、また旅の無事を祈りました。長崎大波止港からフェリーで、福江島へ。船内にもシスターや神学生らしいかたの姿があり、ピタウ先生を見ると皆さまがご挨拶に集まっていらっしゃいます。長崎が日本での第二のふる里とおっしゃるピタウ先生ですが、こんなに長崎の方に親しまれているのに感激しました。

大浦天主堂
「大浦天主堂に向かうピタウ先生の一行。ピタウ先生は右から2番目」

「私達は、生き方で周りのひとに信仰を伝えなければならない。愛の証し人となるのです」

 二日目は、まず福江島の堂崎天主堂からスタートしました。聖堂に入る前にピタウ先生のお話しがありました。「私たちの先輩達が信仰を守るためにどれだけ自分たちの命を捧げて生きていたか。その先輩達の苦しみ、殉教の上に、私達の信仰があることを考えましょう。私達は、生き方で周りのひとに信仰を伝えなければならない。愛の証し人となるのです。」
 この教会は長く厳しい弾圧を耐え抜いた五島キリシタン受難と勝利のシンボルだそうです。聖堂の中に入ると、ピタウ先生は一番前のベンチへ進み静かに祈られました。私達も五島キリシタンの殉教者と信者たちが力を合わせて材料を集めて立てたことを思いながら祈りました。

堂崎天主堂

マリア像
堂崎教会と、その横の緑の中にたたずむ白いマリア像

 2009年7月22日 堂崎天主堂の次に廻ったのは、水の浦教会で、こちらでごミサを捧げました。この教会は、日本二十六聖人に捧げられた教会で、1880年パリ外国宣教会ザルモン師によって創建され、その後1938年現在の聖堂が建設されました。

水の浦教会
「水の浦教会」

 ミサの前に、ピタウ先生は、ようやく信仰の自由が認められて信徒たちは喜びのうちに貧しい生活の中から労働奉仕、材木を売ったお金やレンガを寄付して建てられた歴史を話されました。
  大工の棟梁、鉄川与助についても、彼自身は亡くなるまで仏教徒で通したが、明治40年に手がけた木造の冷水教会が最初で、30ほどの教会建設に関わったとのこと。自然と共同体と日本の伝統を大切にし、それに調和した教会建築を心掛けたというその精神を学びました。

 「この地域の信徒たちが力を合わせて建てた教会で、キリシタンたちの思いとメッセージに心を傾けましょう。この教会と共同体の為にミサを捧げて、もう一度私たちは、日本での布教のことを考えましょう。
 私が日本に来た頃は、まだ第二バチカン公会議の前でしたから、キリスト教の話をするときに、あまり日本の文化や伝統を重んじてはいなかったのですが、第二バチカン公会議後からは、Inculturation、その国の文化を深く学び、それを尊重して、どのようにしてキリスト教との接点を見出すか、そのような研究、そして愛と努力を持って宣教するように教わりました。今日のミサで、その恵みにも感謝してお祈りいたしましょう。」

「日本に戻ってきて一番の苦しみは、毎年3万人以上の自殺者のいること。これは戦争と同じです」

 ピタウ先生は、1981年秋にヨハネ・パウロ二世の要請でローマで要職につかれ2004年に再び日本へ戻られました。そして一番ショックを受け悲しかったのは、この11年間に年間3万人以上の若者が自殺しているニュースでした。
「日本に戻ってきて一番の苦しみは、毎年3万人以上の自殺者のいることです。これは戦争と同じです。日本人ほど平和を愛する国民はいないはずです。子供と話す、信頼し合う、深い関係を築く、物を与えるのが愛ではありません。お母様の愛、お父様との信頼関係があれば決して自殺はしないはずです。今日はこの素晴らしい水の浦教会で、苦しんでいる子供達のため、その家族の為に祈りましょう。」 
 ピタウ先生は、水の浦教会で宣教師たちがいなくなった後、信仰を命がけで守ってきたキリシタンへの思いで、お話にも気持ちが入りたくさん語られました。

つづく

prof

ヨゼフ・ピタウ先生略歴:
1928年イタリア生まれ。カトリック教会大司教。52年来日。上智大学教授などを経て学長(1968-1981年)。1981年ヨハネ・パウロ二世の要請によりローマへ。法王庁立グレゴリアン大学学長、法王庁科学アカデミー事務総長などを歴任。2004年再来日、2014年12月26日イエズス会ロヨラハウスで帰天。

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国宝 大浦天主堂

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